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高松地方裁判所 平成9年(行ウ)7号 判決

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は、高松市に対し、金5億5000万円及びこれに対する平成9年7月13日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  本件は、高松市の住民である原告が、と畜場である高松市食肉センターの新たな設置に関連して高松市長である被告がB漁業協同組合(以下「B漁協」という。)との間で漁業損失補償の契約を締結し、右契約に基づき同漁協に対して公金を支出したことは補償の根拠となる損失が生じていないにもかかわらず地方自治法138条の2にいう誠実執行義務に違反してなされた違法なものであるなどと主張して、高松市に代位して、右漁業損失補償額5億5000万円及び訴状送達の日の翌日である平成9年7月13日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金について、被告に対し、地方自治法242条の2第1項4号前段に基づき損害賠償の請求をした住民訴訟である。

二  前提事実等(証拠番号の記載のないものは当事者間に争いがない。)

1  当事者

(一) 原告は、高松市内に住所を有する者である。

(二) 被告は、後記4の当時から高松市長の職にある。

2  本件新食肉センターからの排出水

高松市は、高松市○○町○○○○○○番地○○○に、と畜場である高松市新食肉センター(以下「本件新食肉センター」という。)の建設を予定しており、同センターの操業開始後には、同センターから1日当たり最大250立方メートル、日間平均175立方メートルの汚水(し尿、生産排水、生活排水等)処理後の排水(以下「本件排出水」という。)が同所地先の海域に放流することが予定されていた(〔証拠略〕)。

本件新食肉センターは、平成10年1月にその建設工事が着工され、平成11年3月に竣工し、同年11月にその操業を開始し、予定どおりの量の本件排出水を放流している(〔証拠略〕)。

3  B漁協の漁場及び本件新食肉センターとの位置関係、販売形態

(一) B漁協は、高松市○○町○○川尻において、第一種区画漁業(区第98号)として「のり養殖業」を10月1日から翌年4月10日まで、第三種区画漁業(区第100号)として「あさり養殖業」を1年を通じて行っていた。

右漁場のうち、のり養殖の漁場は、あさり養殖の漁場に比して○○川尻に沿って南に若干延びて広く、一方で、あさり養殖の漁場が○○川両岸まで存するのに対し、のり養殖の漁場は、○○川の両岸から10メートルがその漁場となっていないため、あさり養殖の漁場に比して東西が10メートルずつ狭いが、右各漁場はほぼ同一地域における漁場であり、B漁協の唯一の漁場である(以下、B漁協の各漁場を併せて「本件漁場」という。また、本件漁場で取れる「のり、あさり」を併せて「のり等」ともいう。)。

本件排出水を放流する予定の海面から本件漁場まで約150メートル離れており(ただし、のり養殖の漁場は、○○○岸から10メートルは漁場となっていないため、本件排出水を放流する海面から同漁場までは約160メートルとなる。)、本件排出水を放流する海面から本件漁場の中心付近(○○川の川岸と川岸の中心付近)までは約250メートル離れている。

(二) B漁協は、本件漁場で取れたのり等につき、中央卸売市場を通さず、固定客となっている個人消費者の家庭を回るなど直接販売を行う形態を取っていた。(〔証拠略〕)

4  公金支出

高松市は、被告の決裁を経て、平成8年12月24日、B漁協に対し、漁業補償として5億5000万円を支払う旨の合意をし、その後、支払時期の変更を行う合意を行い、同年3月30日、漁業補償契約を締結した(以下、右漁業補償契約に至った一連の各契約を合わせて「本件漁業補償契約」という。)。

高松市は、本件漁業補償契約に基づき、被告が専決処理させた衛生課長の支出命令により、平成8年12月27日、B漁協に対し、本件新食肉センターの建設に伴う漁業補償金として2億円を支払い、平成9年3月31日、本件新食肉センターの建設に伴う漁業補償金の残金として3億5000万円を支払った。(〔証拠略〕。以下、支出された二つの公金を「本件漁業補償金」ともいう。)

5  住民監査請求

原告は、平成9年4月4日、高松市監査委員に対し、地方自治法242条1項に基づき、高松市からB漁協に対してなされた2億円の公金支出が違法であるなどと主張して住民監査請求を行い(以下「第1監査請求」ともいう。)、その後、同月18日、高松市からB漁協に対してなされた2億円以外の公金支出も違法であるなどと主張して住民監査請求を行ったところ、同監査委員は、原告に対し、同年6月3日付けで右住民監査請求を棄却する旨の監査結果の通知を行い、同通知は、同月4日、原告に送達された。(争いのない事実、甲2、弁論の全趣旨。以下、合わせて「本件住民監査」という。)

6  訴訟提起

(一) 原告は、同月30日、高松市からB漁協に対してなされた2億円の公金支出が違法であるとして、被告に対する損害賠償代位請求の訴えを提起した。

(二) 原告は、同年12月22日、右損害賠償代位請求の趣旨を拡張し、「2億円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員」から「5億5000万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員」に変更する旨の書面を当裁判所に提出し、平成10年2月2日の本件口頭弁論期日において、右書面を陳述した。

三  争点

1  本件訴えのうち、3億5000万円の損害賠償を求める追加的変更分は適法か。

2  本件漁業補償金支出の違法性

3  故意・過失、損害

四  争点に対する当事者の主張

1  争点1(本件訴えのうち、3億5000万円の損害賠償を求める追加的変更分は適法か。)について

(被告の主張)

原告は、平成9年12月4日、3億5000万円の損害を求める追加的変更分の住民監査請求を行ったところ、同年4月18日付け住民監査請求と請求の対象が同一であり、再度の住民監査請求に該当するとして監査請求却下の決定を受けている。同年4月18日付けの住民監査請求については既に同年6月3日付け通知により監査請求を棄却されており、同通知が原告に送達された同月4日から30日の期間を過ぎてなされた右追加的変更は出訴期間を徒過した不適法なものであるから、却下すべきである。

(原告の主張)

原告は、高松市が2億円以外の公金支出について明らかにしなかったため、当初、判明している2億円のみの損害賠償代位の訴えを提起したものであり、本件訴えの提起後、被告の平成9年11月12日付け準備書面において初めて本件漁業補償金が5億5000万円であることを認めた時点で訴えの追加的変更を行ったものであって、2億円に関する適法な住民監査を経由した本件訴えの追加的変更の申立ては適法である。

また、原告は、同年4月18日、右2億円以外の公金支出に関する住民監査請求を行っており、右請求は同年6月3日に棄却されているが、原告は本件訴えを同月30日に提起しているから、住民監査請求を経て適法な出訴期間内に訴えを提起しているというべきである。

なお、原告が同年12月4日に行った住民監査請求に対する高松市監査委員の結論は本件訴えとは無関係である。

2  争点2(本件漁業補償金支出の違法性)について

(原告の主張)

(一) 漁業損失補償の必要性の有無について

(1) 本件漁場における損害発生の有無について

ア 本件において漁業損失補償を行うためには、本件排出水により漁業権者に社会生活において一般に要求される受忍限度を超える特別の犠牲が生じていることが必要であるところ、本件新食肉センターの設備計画、計画排出水質等を踏まえて高松市が調査を行い作成した「高松市食肉センター建設に伴う環境影響調査報告書」(以下「環境影響調査報告書」という。)、高松市が瀬戸内海環境保全特別措置法に基づく特定施設の設置に係る香川県知事の許可を申請するために作成した「瀬戸内海環境保全特別措置法に基づく調査予測業務」と題する書面(以下「調査予測業務」という。)の内容からも明らかなように、本件漁場において、自然界の海水の通常の変化以上に海水の汚染などの漁業損失は生じていない。仮に本件排出水によって海域に影響があるとしても、それは排水口から36.76メートルまでの海域であり、排水口から本件漁場の中央付近まで少なくとも200メートル以上あることからすれば、右漁場に何らの影響がないことは明らかである。

「環境影響調査報告書」によれば、予定されていた本件排出水のBOD(生物化学的酸素要求量)、COD(化学的酸素要求量)、SS(浮遊物質量)の最大及び日間平均の排出予定濃度は、水質汚濁防止法による基準、香川県公害防止条例の排水基準を下回るものであるから、本件漁場の漁業に与える影響はない。

また、高松市が設置している東部下水処理場では排水を導水管により750メートルも離れた海域に放流しており、香川県が高松西部浄化センターとして計画している下水処理場についても、沖合へ約1350メートルも離れた海域に放流することとしているのであって、高松市が本件新食肉センターに関して、当初導水管を設置する計画をしながら、結局、このような導水管を設置して影響の少ない海域に放流することをしていないことからみても、漁業に影響がないことは明らかである。環境調査の結果から本件漁場に影響がないと判明したため、導水管設置の措置を採らなかったものと解される。

さらに、東部下水処理場の設置の際に影響補償が行われているが、右補償自体根拠が不明であり、東部下水処理場の1日平均の排水量が約4万6000立方メートルであり、本件新食肉センターの1日平均の排水量が約175立方メートルに比して著しく多量であることから、右処理場に対する補償は本件漁業補償金の支出を適法とする理由とはならない。

仮に本件漁場に何らかの漁業権侵害の事実が生ずるとしても、社会通念に照らし、その制約が一般的に負担すべき財産権の社会的制約として受忍しなければならない程度のものであれば、財産権に内在する社会的制約として漁業損失補償を要しないというべきである。

イ 被告は、本件新食肉センターから排出物が放出されると、のり等が右排出物の付着により死滅すると主張するが、右主張にそう証言があるだけで、科学的に証明されていない。

ウ 被告は風評被害があると主張するが、抽象的な嫌悪感にすぎず、被害と認めるに足りる証拠も存在しないのであり、このような嫌悪感も風評被害に含めるのであれば、高松市食肉センターの隣接地であるF町の土地所有者等にも損失補償金が支払われるべきであるのに、支払われていない。

(2) 消滅補償の必要性について

本来、漁業権の消滅補償は、漁業権の設置された区域が公有水面埋立等によって消滅した場合のように当該漁業権の行使が客観的に見て永久に不可能となる場合に行われるものであって、仮に本件排出水によって本件漁場に影響を受ける可能性があるとしても、影響補償の限度に止めるべきであり、漁業権を消滅させる消滅補償まで行う必要はない。

被告は、消滅補償ではなく、被害が生じる度に毎年交渉して補償をする影響補償の方が高くなると主張するが、公共下水道の整備時期を試算の根拠に入れていないのであるから、高くなるとはいえず、信用できない。

(3) 被告への反論

被告は、香川県職員の口頭の行政指導により、高松市食肉センターの建設にはB漁協の同意が不可欠であったと主張するが、右指導に法的拘束力がないことは明らかであり、法令上の要件ではない。このことは近隣の自治会の同意を取らずに高松市食肉センターを建設していることからも明らかである。

被告は、本件合意及び本件漁業補償金の支出につき裁量の範囲内と主張するが、裁量の範囲内という根拠はない。本件新食肉センターの有用性やその早期実現の必要性は認められず、仮に認められるとしても、特別の犠牲である漁業損失の有無や補償金額とは無関係である。

(二) 本件漁業補償金額の積算根拠の違法性(補償額の過大性)の有無

(1) 被告は、公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱、公共用地の取得に伴う損失補償基準、公共用地の取得に伴う損失補償基準細則(以下、合わせて「要綱等」という。)によって損失補償額を積算したと主張するが、仮に土地収用法に基づく要綱等に従ってこれらの補償金額を計算したとすると、〈1〉相当期間(過去5年程度)の各漁業者別の総収入額、〈2〉相当期間(過去5年程度)の各漁業者別の必要経費(支出)及び所得、〈3〉漁具等の売却損、〈4〉魚種別の漁業依存率、〈5〉転業期間に係るデータ、〈6〉純収益を資本還元する場合の年利率、〈7〉自家労賃に係るデータ、〈8〉その他各種の資料が必要となるから、これらの根拠資料もなしに本件漁業補償金額を積算することは不可能である上、被告は、漁業損失補償額5億5000万円の算出根拠につきB漁協から口頭で説明を受けたと主張するが、これらの複雑大量かつ多様な数字をB漁協から口頭で提示されたとは常識的に考えられない。

(2) 被告は、農林水産省中国四国農政局香川統計情報事務所の統計調査結果(以下「農水省統計結果」という。)を基にして本件漁業補償金額を算出したと主張しているから、右結果は当然に知っているはずの情報でありながら、本件訴訟において、右結果の調査嘱託の申立てを行っており、「農水省統計結果」による右算出方法を採ったとする被告の主張は信用できない。

(三) 故意・過失、損害

被告は、漁業損失補償を必要とするような特別の犠牲たる漁業損失がないことを知りながら、地方自治法138条の2に規定する誠実執行義務に違反し、同法232条1項の必要経費の規定に違反し、同法2条13項に規定する最少の経費で最大の効果を挙げる責務に違反し、あるいは、地方財政法4条1項に規定する目的を達成するための必要かつ最少の限度を超え、故意又は重大な過失により、本件合意を締結して本件漁業補償金の支出命令をなし、高松市に本件漁業補償金相当額である5億5000万円の損害を与えた。

(被告の主張)

(一) 漁業損失補償の必要性の有無について

(1) 本件漁場における損害発生の有無について

本件排出水に含まれるBOD(生物化学的酸素要求量)、COD(化学的酸素要求量)、SS(浮遊物質量)等は水質汚濁防止法及び同法に基づく香川県公害防止条例に定める排水基準以下であるが、本件排出水により周辺海域が汚染されることには変わりなく、将来にわたって継続して排出される結果、汚物が暫時蓄積され、排出海域から約200メートル離れた本件漁場においてB漁協組合員が養殖するのり等の品質が低下することは必至である。

また、B漁協組合員が育成収穫したのり等は、他の漁協の場合と異なり、中央卸売市場等を介さず、消費者に直接販売する形態が採られていることから、本件排出水により汚染された海域で育成されたものであるとの風評が立ち、生鮮食品の市場原理によって販売不振に陥り、商品販売による利益を含む漁業権行使が不能となり、廃業に至ることが予見される。したがって、本件新食肉センターが設置されることにより、のり等の漁業が直ちに物理的に不能になるわけではないが、商品の販売不振による商業マーケットからの排除という事態を招くことが十分予見される以上、この点からも漁業権侵害の事実は存在するというべきである。

(2) 消滅補償の必要性について

影響補償や被害補償では、売れ残り商品の買取りなど将来に課題を残すことになる上、これらの補償によると、本件漁業補償金額が5億5000万円を大幅に上回ることになるから、本件のような消滅補償によるのが最も合理的である。

(3) B漁協の同意の必要性、行政上の必要性

高松市○○町所在のと畜場(以下「旧食肉センター」という。)の建物及び敷地が狭小で、老朽化も著しく、衛生管理面から、と畜場法施行規則に定める要件を満たさないと判断されるようになり、他方、高松市周辺住民の食肉需要が高まった事情から、新鮮で衛生的な食肉を大量かつ継続的に市民に提供するための新施設建設が不可避となった。そして、本件新食肉センターは、と畜場法4条の基準を満たす立地条件を備え、高松市が実施した環境衛生調査の結果によっても、本件排出水は法律条例以下の水質基準であり、海域環境に与える影響が小さいなどの事情もあって、本件新食肉センターは高松市にとって、行政上必要不可欠の事業として早期実現を迫られていた。

また、法的拘束力がないとはいえ、香川県の高松市に対する行政指導上、本件新食肉センターの建設にあたっては、住民の同意が不可欠とされたため、高松市としては、緊急かつ高度の必要性が認められる本件新食肉センターの建設を実現するために、同センターの周辺において漁業権を保有しているB漁協の建設同意を獲得する条件として漁業補償を行うことは不可避であった。

本件排出水による漁業権の侵害は、本件新食肉センターの建設という公益上の必要性から生じたものであり、B漁協の組合員が自ら招来したものではないから、これらの者が右不利益や危険性を全面的に無償で甘受すべき合理的理由はなく、B漁協が漁業権の侵害を理由に漁業補償を求めることは、財産権の侵害と損失補償との適正な調整を図るという損失補償制度の衡平性の原則にも合致しており、したがって、本件の合意及び本件漁業補償金の支出は適法である。

(4) 漁業補償の裁量について

高松市は本件合意の締結に際し、本件新食肉センターの有用性及び早期実現の必要性という公益目的を達成するため、同センターの用地の適地性、本件排出水によるB漁協及び所属組合員の漁業等に及ぼす影響、右影響下においてB漁協及び所属組合員に損害が発生する蓋然性とこれらに対する漁業補償の必要性、並びに右損害の発生の継続性と漁業補償の態様の選択などの諸事情を総合的に考慮した上で、正規の手続過程に従って、本件漁業補償契約を締結し、支出負担行為に及んだものであり、その判断事項及び判断過程につき、裁量権の逸脱はない。

また、被告は高松市長として、高松市の裁量の範囲内で右判断過程に関与したものであり、同様に裁量権の逸脱はない。

(二) 本件漁業補償金額の積算根拠の違法性(補償額の過大性)の有無

高松市は、要綱等を根拠にして、農水省統計結果によるB漁協の毎年の総漁獲高(のり(黒のり生、青のり)、あさり)を基にした純利益に漁場依存率及び依存度率を乗じた上で、年利率8パーセントで除した金額を権利補償額(漁業権等の消滅に関する補償)として算出し、所得に関する損失補償については右総漁獲高に所得率、廃止率及び転業期間(2ないし4年間)を乗ずることにより算出し、これに資本に対する損失補償額を加えたものであり、いずれも会計原則と経験則に則り算出している。そして、右のような算出による試算は、3ないし4通りの総漁獲高の把握方法ごとに行われ、そのいずれも本件漁業補償金額である5億5000万円を上回るものであったが、高松市は、B漁協と交渉の末、同漁協の解散と一切の漁業権消滅を条件として、同漁協との間で、最少額である5億5000万円で合意を成立させたものであるから、その算定方法は適法である。

また、本件漁業補償金の支払に至る予算措置については、各種決裁を経た上、その予算案が最終的に議会で承認されたものであり、執行手続についても、高松市長である被告等の決裁を経て、支出負担行為がなされ、これに基づいて、高松市とB漁協との間で覚書が締結され、支出命令を経て、最終的に支出行為が行われており、いずれも適法なものである。また、この過程に関与した被告の行為も適法である。

(三) 故意・過失、損害

争う。

第三  当裁判所の判断

一  争点1について

1  前記第二の二6の損害賠償代位請求の趣旨の追加は民事訴訟法143条1項の訴えの追加的変更によるものと解されるところ、訴えの追加的な変更であっても、変更後の新請求に関する限り新たな訴えの提起にほかならないから、変更後の新請求に係る訴えに関する出訴期間が遵守されているか否かは、変更前後の請求の間に訴訟物の同一性が認められるとき、又は両者の間に存する関係から、追加された新請求に係る訴えを当初の訴えの提起の時に提起されたものと同視し、出訴期間の遵守において欠けるところがないと解すべき特段の事情があるときは、当初の訴えの提起の時点を基準に出訴期間を決すべきである。

これを本件についてみるに、追加された3億5000万円の公金支出は、前記第二の二4のとおり、従来の2億5000万円の公金支出とはその支出時期や前提となる被告の支出命令が異なり、その意味では訴訟物が異なるものであるが、いずれも同じ被告を相手とし、同一の本件漁業契約に起因する公金支出である上、原告は当初からB漁協に対する漁業補償全体の違法性を主張しており、被告が2億円以外の公金支出額を明らかにしなかったことから、当初の訴えの際には2億円に限定して訴えを提起したこと(前記第二の二6)、訴えの変更がなされることにより、被告の防御活動に何ら支障がないと解されることなどの諸事情が認められ、これらを総合すれば、訴えの変更により追加された3億5000万円の損害賠償代位請求については、これを当初の訴えの提起の時に提起されたものと同視すべきである。そうすると、前記第二の二5、6のとおり、本件住民監査の通知から30日以内に、原告が当初の訴えを提起しているから、地方自治法242条の2第2項に規定する出訴期間は遵守されている。したがって、この点に関する被告の主張は採用できない。

2  なお、監査請求の前置の有無について付言する。

〔証拠略〕によれば、第1監査請求において原告が2億円の公金支出と明示した理由は当時把握していた公金の支出額が2億円であったからであり、それ以上の支出について除外する趣旨とは解しがたいと認められること(その後に新たに行われた2億円以外の住民監査請求については、〔証拠略〕によれば、原告が念のために行ったものと推認される。)からすると、第1監査請求には、訴えの変更後の3億5000万円の請求についても含まれていたものと解しえないことはないというべきである。

仮に右請求が含まれていたものと解しえないとしても、地方自治法242条の2第1項に規定する監査請求前置の趣旨からすると、監査請求の対象と住民訴訟の対象とが必ずしも完全に一致する必要はなく、住民訴訟の対象となる財務会計上の行為が監査請求に係る行為と同一の原因事実から派生することが予想可能なものであれば、当該地方公共団体においてこれにつき自主的に解決する機会が既に与えられていたといえるから、監査請求前置の要請を充たすというべきである。

これを本件についてみるに、前記第二の二4、5のとおり、原告の2億円の公金支出に関する第1住民監査請求は、高松市とB漁協との補償の合意の違法を前提とするものであり、訴えの変更後の3億5000万円の請求についても右合意の違法を前提とするものであるから、同一の原因事実から派生することが予想可能といえる。

したがって、本件では、訴えの変更後の3億5000万円の請求についても監査請求前置の要請を充たす。

二  争点2について

1  〔証拠略〕によれば、以下の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

(一) 本件新食肉センターの設置計画

(1) 高松市は、昭和45年の市議会の一般質問において、旧食肉センターにつき、環境面、衛生面、施設規模等に問題があり、移転整備を含めた解決の必要性があるとの発言がなされたのを機に、と畜場の移転整備の調査と検討に着手した。

昭和53年9月には、高松市食肉事業協同組合と旧食肉センターの所在する高松市○○町の3自治会から、と畜場の移転整備促進に関する請願が出され、審査の結果、採択された。

その後、高松市の職員や食肉関係業者で構成された打合会及び委員会において、本件新食肉センター設置に関する協議がなされ、昭和61年11月には、香川県のと畜場のうち、坂出ミート公社(当時)を新設予定の株式会社O畜産公社に吸収合併して総合食肉流通施設として整備し、本件新食肉センター、土庄町営と畜場、大川農協畜肉センター、観音寺市と畜場を右総合流通施設を補完する施設として位置づけ、逐次整備するとの基本方針が決定された。

(2) 高松市は、と畜場法の設置許可基準を充たす土地を検討し、もともと海面を埋め立てて造成した土地であり、現在将来にわたって人家が密集する場所ではないなどの理由から、高松市○○町地先所在の土地(以下「本件用地」という。)を本件新食肉センターの用地とすることとし、平成2年3月に、右用地を取得した。

環境部衛生課は、平成8年10月、本件新食肉センターの建設に伴い、瀬戸内海環境保全特別措置法に基づく香川県知事の許可を得るため(同法5条、6条参照)、環境影響調査を行い、「調査予測業務」を作成した。

同課は、同年11月、施設稼働に伴う本件排出水による周辺海域への水質汚濁等の影響予測と評価を行うため、環境調査を行い、「環境影響調査報告書」をまとめた。

平成8年12月23日、都市計画法に基づく本件新食肉センターに係る都市計画案の縦覧が開始された。

(3) 高松市は、平成9年2月27日、(平成11年法律第87号による改正前の)都市計画法19条1項に基づく香川県知事の承認を受け、同月28日、本件新食肉センターを「香川県中央都市計画と畜場」として、高松市告示第171号により決定、告示した。

(二) 本件食肉センターの有用性等

(1) 旧食肉センターは、昭和30年12月に建設されたもので、敷地建物が狭小であり、周辺地域が急速に市街化されていることなどから、高松市は再整備の必要性があると考えたが、同センターの現在地ではと畜場法に基づく施設設置場所の要件を充たすことが不可能であり、新たな移転が必要であると判断した。

そして、腸管出血性大腸菌O―157等の食中毒を未然に防止するため、平成9年4月1日に「と畜場法施行規則」が改正・施行され、と畜場の衛生管理の徹底を図るための基準が示されたところ、右施設が建設後約40年以上経過し、施設の老朽化が著しいことから、その早急な移転整備が求められていた。

(2) 高松市は瀬戸内町に中央卸売市場を開設し、同市場は青果物など生鮮食料品等の適正な価格形成と安定供給を図るための流通拠点としての役割を担っているところ、食肉の適正な価格形成と安定供給を図るための流通拠点も同様に必要であった。

(3) 香川県内の牛の年間処理数の大部分は、株式会社O畜産公社と旧食肉センターの両施設で処理されていたが、右畜産公社の処理能力は既に限界に達する一方、今後、さらに、食肉の需要の伸びが予想されていた。

高松市を中心とした香川県の都市圏における食肉消費量は香川県全体の2分の1以上を占めている状況で、この見地からも本件食肉センターの設置は高松市にとっても欠くことのできないものであった。

(三) 本件用地の適地性

(1) と畜場法4条で、「と畜場の設置場所」は、〈1〉人家が密集している場所、〈2〉公衆の用に供する飲料水が汚染されるおそれがある場所、〈3〉その他知事が公衆衛生上危害を生じるおそれがあると認める場所、のいずれかに該当するときは、知事は「と畜場の設置許可」を与えないことができる、と規定されている。

(2) 本件用地は、約3万8000平方メートルの用地北西隅の一画地にあたり(その他は、都市公園用地)、北及び西側を高松港、東側を○○川に囲まれ、海上に突き出した位置にあり、さらに南側は香川県の公共施設等であることから、現在及び将来にわたって人家が密集する場所でないこと、〈2〉本件排出水は海に排出するので、右(1)〈2〉の飲料水が汚染されるおそれがある場所でないこと、〈3〉本件用地は公衆衛生上危害を生じないような環境対策を講じるに十分な面積を有していることなどから、と畜場法に基づく設置基準に合致するものである。

(四) 本件漁業補償に至る経緯

(1) 高松市は、本件新食肉センターの建設に関する都市計画法の手続を進めるにあたり、香川県から、付近住民等の同意を得るように強い行政指導を受けた。

高松市が本件新食肉センター用地を取得した時点からB漁協が右施設の建設反対を表明していたため、高松市は、本件新食肉センターの建設事業を主管する高松市環境部衛生課の職員に同意を得るための対応に当たらせたが、しばらくの間、同漁協は交渉の席にも着こうとしなかった。

高松市は、本件新食肉センターの設置に関し、平成7年6月にB漁協の理事会に対する説明会を行った。

(2) B漁協では、右説明会等を受けて、同年7月末に組合員総会が行なわれた。直接販売形態を採っている同漁協としては、イメージ的なダメージにより商品価値の下落が大きく、同漁協の死活問題であると捉えた上、同センターの設置の影響により売れ残った商品を高松市が引き取るという条件であれば、毎年の永久的な被害補償でよいという意見もあったが、漁獲高が減少すると、5年ごとの更新の際に漁業権を取り消される可能性があるとして、最終的には損失補償があれば、漁業権の消滅、組合の解散を行って本件新食肉センターの建設に同意してもよいとする決議が多数決でなされ、高松市との交渉は役員に一任された。

環境部衛生課は、その後、同センターの建設の同意に向けて、B漁協と協議及び交渉を開始した。

B漁協は、交渉の当初から、同センターの建設は同漁協の死活問題とし、同センターの建設の同意を行う条件として、漁業権の消滅補償を主張した。そして、同漁協は、役員会において補償額の積算を行い、漁業権の消滅に対し3億5000万円、資本に関する補償として5000万円、所得に対する補償として1億5000万円という額を決めて、同年8月半ばころ、右合計5億5000万円の補償額を譲れないとして衛生課に口頭で提示した。なお、積算資料に関する資料はB漁協から一切提出されなかった。

環境部衛生課は、実害のある部分の補償は当然であるとの基本的立場を取りつつ、協議交渉の過程で、B漁協の販売形態に照らし、消滅補償に応じるのもやむを得ないとの判断に至った。

環境部衛生課では、土地収用法に基づく要綱等に準じて、消滅補償額を試算したところ、5億5000万円をやや上回る額を算出した。

(3) 右金額を踏まえ、環境部衛生課は、平成8年度食肉センター事業特別会計における補償・補填及び賠償金予算として、右試算額内である6億9000万円の予算案を作成した。予算案は、平成8年3月開催の高松市議会において、原案どおり可決された。

平成8年4月以降も交渉は続けられたが、B漁協では、執行部が交替した後、5億5000万円が手取りになるように、税金分の増額を求める要求を環境部衛生課に対し行った。しかし、高松市がこれに応じなかったことから、B漁協は、右補償額で合意することとし、平成8年12月21日付けで、組合の解散決議を行った。

(4) 高松市は、B漁協との交渉の早期決着を図る必要があると判断し、被告の決裁を経た上、B漁協との間で、平成8年12月24日、次のとおりの合意を行い、覚書を作成した。

〈1〉 B漁協及び所属組合員は、本件新食肉センターの建設及び操業に伴う処理水を地先海面に放流することに同意する。

〈2〉 B漁協及び所属組合員は、第一種区画漁業権及び第三種区画漁業権に関する権利その他漁業に関する一切の権利を契約締結の日から放棄し、平成9年3月31日を目処に漁業を廃止し、B漁協を解散する。

〈3〉 高松市は、B漁協及び所属組合員が漁業権を一切放棄し漁業を廃止するとともにB漁協を解散するのに伴い、B漁協及び所属組合員が受ける一切の漁業損失の補償金として5億5000万円を支払う。

〈4〉 高松市は、B漁協が一切の漁業権を消滅し、組合解散の決議をしたことに伴い、補償金の一部として2億円を支払うものとし、残金3億5000万円については、都市計画法に規定する都市計画決定の承認を県知事から受けた後に、別途、補償契約を締結し、B漁協が解散登記をした後に右補償額を支払う。

〈5〉 覚書締結後、高松市が右都市計画決定の承認を得られない場合、又は、B漁協の解散登記がなされない場合には、2億円を返還する。

(5) 高松市は、右合意に基づき、被告が専決処理させた衛生課長の支出命令により、平成8年12月27日、B漁協に対し、本件新食肉センターの建設に伴う漁業補償金として2億円を支払った。

高松市は、被告の決裁を経た上、平成9年2月7日B漁協との間で、本件覚書のうち、残金3億5000万円の支払時期につき、B漁協が解散登記をした後から、B漁協が提出した漁業協同組合解散認可申請書を県知事が受理した後に支払うとの内容に変更する合意をした。

県知事は、平成9年2月12日、右認可申請書を受理した。

(6) 高松市は、被告の決裁を経た上、平成9年3月30日、B漁協及び所属組合員との間で、漁業損失補償に関する契約を締結した。

高松市は、翌31日、被告が専決処理させた衛生課長の支出命令により、残金3億5000万円を支払った。

2  以上の事実を前提に、本件漁業補償金支出の違法性について検討するに、同支出は、被告のなした本件漁業補償契約締結行為に基づき支出されたものであるから、まず、同契約締結行為の違法性について検討する。

(一) 右1でみたとおり、本件新食肉センターはその有用性があり、その早期建設の必要性があった上、本件用地の適地性も満たされているところである。

もっとも、同施設はいわゆる迷惑施設として周辺関係者から建設等の同意を得ることが社会的に相当であり、また、都市計画決定の承認権者である香川県知事の担当者からB漁協の同意を得るように強く行政指導を受けていた。そこで、高松市は、B漁協から同施設の建設及び本件排出水の地先海面への放流の同意を得るための交渉に入ったところ、同漁協は、右行為は同漁協の死活問題であるとの認識から、漁業権の消滅を前提とする補償交渉なら応じるとの姿勢を示したので、補償額の交渉を続けた結果、本件漁業補償契約の締結に至った。

(二) 本件のごとく、地方公共団体が周辺関係者の同意を得ていわゆる迷惑施設を建設しようとする場合、施設周辺関係者の同意を得るため補償契約を締結することがあるが、契約である以上相手方の承諾が必要であるから、一定の補償の必要性があり、これに従って地方公共団体が適正と考える補償額等を提示しても、相手方の承諾が得られないかぎり補償契約の締結には至らないし、同施設建設の同意は得られない。かかる場合、地方公共団体の長としては、同施設建設の遅延ないし中止を甘受するか、又は相手の要求を受け入れても同施設の建設の早期円滑な着工をめざすかは優れて政策的な判断事項であり、地方公共団体の長において後者を選択したとしても直ちに違法となるものではなく、同施設建設の公益上の必要性、施設周辺関係者の同意を得る必要性、施設周辺関係者が被る損失の有無程度、及び補償契約の内容等に照らし、補償契約を締結したことが著しく不当でないかぎり、地方公共団体の長の裁量に委ねられていると解するのが相当である。

3  本件新食肉センターの有用性、早期建設の必要性、本件用地の適地性、B漁協の同意を得る行政上の必要性、及び本件漁業補償契約の内容は前記のとおりであるから、さらに、B漁協の被る漁業損失の有無について検討を加える。

(一)(1) この点、原告は、「環境影響調査報告書」、「調査予測業務」の内容からも明らかなように、当該漁場において、自然界の海水の通常の変化以上に海水の汚染などによる漁業損失は生じておらず、本件排出水により漁業権者が社会生活において一般に要求される受忍限度を超える特別の犠牲が生じているとはいえない、また、仮に海域に影響があるとしても、排水口から36.76メートルまでの海域であり、排水口から本件漁場の中央付近まで少なくとも200メートル以上あることからすれば、右漁場に何らの影響がないと主張する。

「環境影響調査報告書」(〔証拠略〕)及び「調査予測業務」(〔証拠略〕)によれば、本件排出水の排水口から12メートルの地点、25メートルの地点、40メートルの地点の各表層、中層における、満潮干潮を含めた1日(平成8年10月9日)3回の水質測定の結果、COD(化学的酸素要求量)、SS(浮遊物質量)、T―N(全窒素)、T―P(全リン)(以下「各水質検査項目」という。)を水質検査項目とした予測としては、本件新食肉センターの最大排水量を前提としても、本件排出水の排水口から概ね40メートルの範囲でしか濃度変化がなく、周辺海域への影響は軽微であり、本件新食肉センターの設置に伴って周辺海域の現況の水質が悪化することはなく環境保全目標は満足されると結論づけられていることが認められる。

そうすると、前記第二の二3(一)のとおり、本件排出水から本件漁場までの位置関係に照らせば、本件漁場においては、各水質検査項目による水質の悪化はないという結論になるといえなくもない。

(2) 当事者間に争いがない事実によれば、本件新食肉センターの操業開始後に予定されていた本件排出水の水質は以下アのとおり認められ、水質汚濁防止法及び香川県公害防止条例の排水基準は以下イ、ウのとおりである。

ア 本件新食肉センターの操業開始後に予定されていた本件排出水の水質

BOD(生物化学的酸素要求量)

最大 10mg/l

日間平均 8mg/l

COD(化学的酸素要求量)

最大 20mg/l

日間平均 18mg/l

SS(浮遊物質量)

最大 10mg/l

日間平均 5mg/l

イ 水質汚濁防止法による排水基準

BOD(生物化学的酸素要求量)

最大 160mg/l

日間平均 120mg/l

COD(化学的酸素要求量)

最大 160mg/l

日間平均 120mg/l

SS(浮遊物質量)

最大 200mg/l

日間平均 150mg/l

ウ 香川県公害防止条例による排水基準

BOD(生物化学的酸素要求量)

最大 30mg/l

日間平均 20mg/l

COD(化学的酸素要求量)

最大 30mg/l

日間平均 20mg/l

SS(浮遊物質量)

最大 50mg/l

日間平均 40mg/l

これらからすると、予定されていた本件排出水の基準はいずれも水質汚濁防止法及び香川県公害防止条例を下回るものであったことが認められる。

(3) しかし、右「環境影響調査報告書」及び「調査予測業務」は、1日の、かつ海面の表層及び中層における水質の調査であって、B漁協のG証人が供述するように、大雨や台風、本件新食肉センター方面からの西風が強い場合等の年間を通じてのあらゆる天候の場合を調査したものではなく、同施設からの排水によりのり等の品質ないし味に全く影響しないことになるのか明らかではない。また、海底に汚物が沈殿堆積されるのか、その沈殿堆積物が西方面からの強風で巻き上げられ撹乱されるおそれがないのかも明らかでない。そうだとすると、右「環境影響調査報告書」及び「調査予測業務」だけでは、本件排出水による海水汚染が原因でB漁協の漁業損失が生じることはないと断定することはできない。

(4) 原告は、被告が、本件新食肉センターから排出物が放出されると、のり等が右排出物の付着により死滅すると主張するが、右主張にそう証言があるだけで、科学的に証明されていないと主張する。

たしかに、被告は、本件排出水による本件漁場ののり等への影響につき、本件排出水に含まれるBOD(生物化学的酸素要求量)、COD(化学的酸素要求量)、SS(浮遊物質量)等は水質汚濁防止法及び同法に基づく香川県公害防止条例に定める排水基準以下であるが、本件排出水により周辺海域が汚染されることには変わりなく、将来にわたって継続して排出される結果、汚物が暫時蓄積され、排出海域から約200メートル離れた本件漁場においてB漁協組合員が養殖するのり等の品質が低下することは必至であると主張し、被告申請の証人G、同Hもこれにそう供述をするが、その内容に照らすと、右影響の根拠は経験に裏付けられるといった類のものであり、科学的な数値に基づく資料の裏付けを伴うものではないから、その信用性には疑問の余地がないではない。

しかし、一方で、仮に右証言に信用できない部分があるとしても、そのことから、本件漁場へののり等に影響がないことの立証がなされたことになるわけではないから、原告の右主張を前提としても、本件漁場ののり等に影響がないとまでは、認めるに足りないといわざるを得ない。

(二) 風評被害について

(1) と蓄場などの迷惑施設が建設され、そこから海面に処理水が排出される場合、仮に、その汚染度が法令の定める排水基準値以下であり、数値的にみると、右施設の一定の周辺地域においては、そこで取れる魚介類に影響がない場合であっても、消費者がその危険性を懸念したり、あるいは、食品としての性格上から、消費者が右魚介類を敬遠したくなる心理を有する場合があることは一般に是認できるところである。したがって、迷惑施設の建設により右魚介類の売上が減少し、社会生活上受忍限度を超える事業損失が生じることが予見されるのであれば、それは、迷惑施設の建設と相当因果関係にある損害ということができる。

これを本件についてみるに、前記第二の二3のとおり、本件排出水を流す予定の海面から本件漁場まで約150メートル程度であり、その位置関係に加え、販売する商品がのり等の生鮮食品であることからすると、本件排出水が処理されて放流されるとはいえ、このような事実を知れば、本件新食肉センターが迷惑施設として周辺住民から嫌悪されていることと相挨って汚水が放流される至近海域の商品として、消費者が本件漁場で取れるのり等を敬遠したくなる心理を有する上、B漁協が、本件漁場で取れたのり等につき、中央卸売市場を通さず、固定客となっている個人消費者の家庭を回るなど直接販売を行う形態を取っているから、相当程度の敬遠が予見され、風評被害の発生が推認される。

(2) この点、原告は、風評被害は抽象的な嫌悪感にすぎず、このような嫌悪感も風評被害に含めるのであれば、本件新食肉センターの隣接地である高松市F町の土地所有者等にも損失補償金が支払われるべきであると主張する。〔証拠略〕によれば、右F町の土地所有者に損失補償金が支払われていないことが認められるが、B漁協の風評被害は右に述べたとおり、抽象的な嫌悪感にとどまらず、相当程度の売上が減少すると予見されるのであるから、隣接地の土地所有者に損失補償がないことは、右風評被害の発生が相当程度予見されることを覆すには足りないというべきである(なお、原告は、風評被害を認めるに足りる証拠がないとも主張するが、風評被害が発生しないことを原告が立証する必要があることは言うまでもない。)。

(三) 消滅補償の必要性について

原告は、本来、漁業権の消滅補償は、漁業権の設置された区域が公有水面埋立等によって消滅した場合のように当該漁業権の行使が客観的に見て永久に不可能となる場合行われるものであって、本件においても影響補償の限度に止めるべきであり、消滅補償まで行う必要はないと主張する。

たしかに、漁業権の設置された海面が埋め立てられる場合には、当該区域での漁業が不可能になるのであるから、漁業権が消滅するのは当然であるが、例えば、漁業法39条5項の補償が海面の埋め立ての場合に限定されるとまではいえないように、海面が残存するような場合であっても、漁業権を消滅させてもやむを得ない事情が存し、漁業権を放棄するというのであれば、右漁業権の放棄を条件に補償契約を締結することも許容されるというべきである。

本件では、(二)でみたとおり、本件排出水により、のり等の売上が相当程度減少することが予見されるところ、証人Hは、毎年の影響補償をするとして計算した場合、売れ残った場合の買取代金や本件新食肉センターの周辺に将来予定されている海浜公園の建設の際の再度の交渉の必要性等を考慮して、1億円少々になったと証言しており、右証言を前提にすると、影響補償を6年続けた場合、本件漁業補償金額を上回って、毎年の影響補償の方が高くつくことになり、このような事情は、漁業権を消滅させてもやむを得ない事情といえる。

この点、原告は、右証人が証言した影響補償の額には、公共下水道の整備時期を試算の根拠に入れていないから、影響補償の額の方が高くなるとは限らないと主張するところ、〔証拠略〕によれば、公共下水道の整備後、本件排出水は右下水道に放流される予定であることが認められるが、6年以内に整備されると認めるに足りる証拠もないから、右整備時期を試算の根拠に入れていないからといって、影響補償の額の方が高くならないとはいえない。

もっとも、B漁協に対して影響補償を毎年行った場合、その補償額が毎年1億円少々になるという証人Hの右証言は何ら計算方法、資料も示されないでなされたものであり、その信用性に疑問の余地がないではなく、後記4のとおり、本件漁業補償の算定根拠も必ずしも明らかではないことからすると、結局、一定の期間、B漁協に対して、発生した損害に応じて毎年影響補償をする場合と、本件漁業補償金の額につき、どちらが大きいのかを正確には判別できないというほかなく、その他本件証拠を検討しても、右影響補償の方が本件漁業補償金額を下回ると認めるに足りる証拠はない。

(四) 以上のとおり、原告の主張を考慮しても、本件漁場ののり等に影響がないとはいえず、かえって、本件漁場の風評被害の発生が推認されるのであり、また、影響補償の方が本件漁業補償金を下回るともいえない。

4  次に、本件漁業補償金額の積算根拠の違法性(補償額の過大性)の有無について検討する。

(一) 前記第三の二1(四)(2)のとおり、高松市は、本件漁業補償額の積算につき、基本的に土地収用法に基づく要綱等に準拠して行っているところ、証拠(〔証拠略〕)を前提にすれば、〈1〉農水省統計結果(〔証拠略〕)に記載されたB漁協の毎年ののり(黒のり生、青のり)、あさりの総漁獲高及び総漁獲額を平均化して算出した額を基にして、収益率につき、過去の漁業組合に対する消滅補償の先例である60から70パーセントを抑えめにして50から60パーセントと設定して、右収益率を乗じて純利益とし、漁場依存率及び依存度率100パーセントを乗じ、右基準細則記載の年利率8パーセントで除した金額を漁業権等の消滅に関する補償として算出した上、〈2〉転業補償額については、高松市が有する公共用地の取得に伴う資料を基にして、のりを70パーセント、あさりを80パーセントとする所得率を右総漁獲額に乗じ、これに廃止率100パーセントを乗じ、右基準を基に、転業期間2ないし4年間をそれぞれ乗ずることにより算出し、〈3〉これに漁具等の売却損である資本に対する損失補償額を加えた上、漁獲高の平均の採り方を変えて計算したところ、いずれも本件漁業補償額である5億5000万円を上回るものであったということになる。

(二) 〔証拠略〕によれば、要綱等はそれぞれ閣議決定、建設省訓令、用地対策連絡会理事会決定であることが認められ、これらは行政庁内部の方針を決めるものといえるから、要綱等の基準に該当しないからといって、直ちに違法となるわけではないが、損失補償の際の一つの合理的な基準として通用されていることは公知の事実である。そして、〔証拠略〕を前提にした高松市の右算出内容は概ね要綱等に沿っており、基本的には合理性があるといえる。

しかし、右算出内容のうち、収益率の基となったとされる高松市の過去の先例や転業期間の内訳などが必ずしも明らかではなく、結局のところ、積極的に右算出内容の合理性を認めることは躊躇されるが、反対に、これが不合理な内容であると認めるに足りる証拠もないから、このことをもって、直ちに5億5000万円の本件漁業補償金額が過大であるとはいえない。

また、算出した資本に対する損失補償額については、証人Hは、漁具等の金額をB漁協から口頭で聞いたように証言しているが、B漁協でさえ正確に把握しておらず平均で算出しているのであり(〔証拠略〕)、被告が補償額の計算例として示した準備書面(準備書面11の別紙)においても、その額が「+α」とされているだけで具体的な数字が記載されていないことなどに照らすと、右証言は信用できず、資本に対する損失補償額は裏付けもなく計算がなされたのではないかとの疑いもないではない。しかし、右資本に対する損失補償額を除いても、5億5000万円を超える額が算出されうるのであるから(同準備書面)、仮に、右金額の裏付けがないとしても、このことから、直ちに5億5000万円の本件漁業補償金額が過大であるとはいえない。

(三) 原告は、要綱等に従ってこれらの補償金額を計算したとすると、相当期間(過去5年程度)の各漁業者別の総収入額等の各種の資料が必要となるから、これらの根拠資料もなしに本件漁業補償金額を積算することは不可能であると主張する。

たしかに、要綱等にしたがって、原告の主張する各種のデータが必要となるが、前述したとおり、要綱等は行政庁内部の方針を決めるものであるから、右基準に該当しないからといって、直ちに違法となるわけではない上、例えば、個別の所得の把握が容易でない場合に、過去の先例等を基準にして平均的な収益率によることも不合理とまではいえないのであって(なお、要綱等によれば、「右算出方法によりがたいときは、その地域における漁家を抽出し経営調査を行って得た純収益等を用いて計算するものとする」方法を採ることを規定していることが認められ、個別に収益を出すことまでを必ずしも求めていない。)、他に、被告が計算した(特に、収益率及び所得率につき)各種割合が不当なものであると認めるに足る証拠はない。

また、原告は、被告が漁業損失補償額5億5000万円の算出根拠につきB漁協から口頭で説明を受けたと主張するが、右のような複雑大量かつ多様な数字をB漁協から口頭で提示されたとは常識的に考えられず、補償額の積算根拠に関する証人Hの証言は信用できないと主張する。

たしかに、証人Hの証言するところでも、口頭でどの程度の説明がなされたのか必ずしも明らかではないが、高松市は独自の計算を行った結果、B漁協の提示した金額を上回る算定をしているのであり、仮に、B漁協から詳細な積算根拠が示されないとしても、高松市の計算が相当であれば補償額としては適正な額といえるのであるから、このことをもって、直ちに5億5000万円の補償額が過大であるとはいえない。

(四) 原告は、被告が農水省統計結果を当然に知っていながら、本件訴訟において、右農水省統計結果の調査嘱託の申立てを行っており、右算出方法を採ったとする被告の主張は信用できないと主張するが、本件訴訟の被告は高松市長個人であり、調査嘱託の相手方は右農水省統計結果を保管する高松市であって、対象が異なるから、被告が、本件訴訟において、高松市に調査嘱託の申立てを行ったからといって、高桧市が右資料を用いずに補償額を算定したことの根拠にはなりえない。

(五) したがって、原告の主張を考慮しても、5億5000万円の積算根拠がなく右補償額が過大であると認めるに足りる証拠はない。

5  以上によれば、本件新食肉センターの有用性、早期建設の必要性、本件用地の適地性、及びB漁協の同意を得る行政上の必要性が認められる上、本件漁場の風評被害の発生が推認され、影響補償の方が本件漁業補償金を下回るともいえないことや、その補償金額が過大であるまではいえないことその他本件に現われた諸般の事情を考慮すると、被告のなした本件漁業補償契約締結行為が違法であると解することはできない。

本件漁業補償金は右契約に基づき支出されたものであるところ、右契約が違法でないからこれに基づく右支出も違法とはいえない。

三  よって、その余を検討するまでもなく、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用については、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 馬渕勉 裁判官 佐藤明 佐藤弘規)

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